2004/06/14/071603
欲望
ようやく欲望を観た。
ずっと前から散々名作だと聞いていて、予告編みたいなもんも散々見たことがあるような気がするが、全く食指を動かされなかった。しかしこのところ、名作と言われるものや、話題になったものは観ておいて損はないという考えになってきていて、かなり前にやっていたのをたまたま録画する機会があり、今になってようやく観た。
DVDか何かでちゃんと観ればよかった。もう一度、あるいは一度ならず繰り返し観たい。DVDを購入するかもしれない。
久しぶりにかっこいい男を見た。デヴィッド・ヘミングス演じるトーマス。男はこうでなくちゃ。最近フニャフニャになってる俺に見本を見せてくれた。映画の中で極端に象徴的に描かれた男性像、特にこの映画の場合、単に映画の中というだけでなく、映画の中でまた象徴的に括られているかもしれない無限に暴走する存在だが、だからこそ、見習いたいもの、あるいは自分に取り入れたいものがある。
ヴァネッサ・レッドグレーヴがスタジオに来るシーンが最高。こんなにセクシーな映像はなかなかない。形而下よりも形而上が刺激される官能とでもいうような。まぁ実際下半身にも直撃するんだろうけども。
なんともない瞬間瞬間の映像がパワフル。観終わってから、映像の力をジワジワと見せ付けられていくような気がする。(観終わってから、なのにだ。)
公園のシーンの絶妙な構図による迫力はもう比較対象がないくらい。って、非常に構図が大切な映画なのにスタンダードサイズに切り取られたものを観てしまった俺はバカだ。
チラッとタイトルなどで検索してみると、全て夢だったとか、いろいろ解釈があるようだが、実はそんなこと一切感じなかった。そういう感想を読んで初めて夢だったのかもしれないと思ったくらい。何も考えなかったというような状態に近い。なのにとても満足した。ただ、さすがにこの観点を各所の感想に散見した時には、自分は何も観ていなかったのではないかと多少不安になった。また映画不感症かと。何も考える必要のないまま楽しめたのだから問題はない。毎度のこと他者の感想を気にしすぎる。
しかし全てが夢であり、どこかにいるであろう主人公が逃避している視点だとするならば、同じく逃避中の俺が違和感を感じなかったのも無理はない。
冒頭から淡々とした中に不条理な匂いがまとわりつき、映画の日常に忍び込んでくるが、なぜか説明できないほど自然だ。後半その不条理さが加速していく段になると、もうそれ自体が本流になっていて、醒めないまま終わる。終わってからもまだ出て行かない感じだ。
観客が死んでしまっている映画のように感じる。まず殺されているのかもしれない。意図的に観客を無視しているような。これは結局トーマス自身が観客だったことの証明になるのだろうか。
『欲望』という邦題も悪くないかもしれないが、『BLOWUP』のほうが好きだ。